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2017年 08月 07日

空想レストランSeason4 #3+#3ex

c0057602_02144533.jpgさてさて、個人個人の活動がバタバタしてて更新が滞りがちな空レスさんですが、ようやくね、集まれまして。
今回の丼は「生姜焼き丼」。
もうなんだかね、丼しばりのシリーズのはずがやっぱり豚バラの可能性を探るシリーズになっちゃってまして。
それでもなんとか野菜も摂らないと空レスメンバーの3人もね、やっぱり寄る年波には勝てないので体がね。
というわけでお味噌汁にはトマトと春キャベツ(一体いつ収録したんだとかいう大人の意見はともかく・笑)、ぬか漬けにはナスとキュウリなんて感じに無理くり野菜を組み込んでみました。
豚バラは前回のポークチャップより薄めのスライスを使って「漬け込まない」生姜焼きで生姜を多めに効かせ甘さ控えめのさっぱりとした丼に仕上げてます。

なんてこと言ってますが、いつもの通り3人で料理の内容には全く関係のないハナシをダラダラダラダラ繰り広げてますのでマニアな空レスファンの方にも満足していただける録れ高(笑)になっております。
いや〜、毎回思いますが4合炊いてほぼ残らない食欲を見せる空レスメンバーには他人事のようにびっくりします。女子ひとりいるのにね。
そんなフードファイター的な面白さも見せつつ、昔話を交えて「横に成長する」ワカバヤシを心配しつつお楽しみください。
本編はこちら→


おまけのコーナーはこちら→


# by radi-spa.horie | 2017-08-07 02:30 | 放送 | Comments(0)
2017年 08月 02日

クリームシチューのハナシ

c0057602_22503382.jpg前にも話したと思うけれど。

ホリエの母親はステレオタイプな「洋画に出てくるような素敵な奥様」を盲目的に標榜してた人でね。
だからそんな彼女が作るのは勢い洋食が多くて。
ローストビーフだとかシーフードカレーだとか煮込みハンバーグだとかババロワだとか。
要は「ハレの食事」を作りがちだった。
テキスト本的なものをよく買ってきていたのを思い出す(まぁそれがあったからホリエが料理をしだすきっかけにもなったんだけれど)なぁ。
ホリエが4歳の頃に新築した家にシスムキッチンを導入したことも相当うれしかったんだと思う。

父親は滋賀県の県境に近い山里出身の田舎の人だったから多分そういうものがあまり好みじゃなかったようで。
彼が好きなのは鶏皮で麩を炊いたのや唐揚げやひじきと豆の炊いたのやすき焼き。

そりゃね。

味がはっきりしてて濃くてごはんのおかずになるものだから、子供達はその方が好きでね(笑)
それが悔しかったのもあるのか母親は「そういう」おかずは頑として作らず、そんなメニューの時はほとんど父親が作ってた。
もっとも子供達が中高生になる頃には弁当のこともあって母親も「そういう」おかずを作るようになはっていたけれど。

今だから言うけれど、そんな「素敵な奥様」ワナビーな母親が作るものの中でホリエの「唯一」と言っていい好物がクリームシチューだった。
なぜかカレーに関しては「どのメーカーのルウを使うか」ぐらいしか工夫のなかった(まぁ、今のように選択肢が色々ある時代でもなかったしね)母親が、ことクリームシチューやグラタンに関してはちゃんとルウを自作してそれはそれは美味いものを作ってくれた。

弟はどんなリアクションだったかよく覚えてないけれど、母親の作るクリームシチューは今までの人生の中でもホリエが口にしたこの世の洋食メニューの中で一番美味いものだったと思える。
それは自分がそれを作るようになってからもそうだ。

今はもう叶うことのない美化された思い出が有利なことはよくわかっているけれども、どんな洋食の名店でクリームシチューを食しても彼女のそれに敵うものがない。

ただね、そんな「何よりも美味い」クリームシチューをホリエ少年はそのまま食べたいわけじゃなかった。
幼いホリエ少年にとってとろみのついた「汁」にカレーと同じ「具」が入ってる料理はカレーと同じく「ご飯にかけるもの」という印象が強かった(逆に父親はカレーライスをイヤがり、あくまでおかずとして別盛りにしたがったが)。
でもそんなホリエの気持ちを知ってか知らずか、母親は頑なにご飯とは別盛りで、なんならご飯じゃなくロールパンをそのお供に出してきた。
あれも意地だったのかもしれないね。

だからホリエは大人になって自分でクリームシチューを作るようになるまで「自分が食べたい食べ方」をできずにいました。

今、自分が食べたい時に母親の味に近い(それでもやっぱり彼女の作るそれの方が美味かった気がするけれど)クリームシチューを作って食べられるようになった。
もちろんそれをお気に入りのパンで食べたりするのも好きだけれど、最終的にはしっかりご飯にかけて食べます。
ベタに粉チーズをかけて。
世の中の洋食屋さんに「クリームシチューライス」っていうメニューがなぜないのか首をかしげながら。

これ、メニューとして出すんなら「ホリエライス」って名乗っていいよね?



「ポピパッパパー」by 乃木坂46



# by radi-spa.horie | 2017-08-02 00:52 | 人間 | Comments(0)
2017年 07月 07日

裏切り続ける仕事

c0057602_00291462.jpg
知ってる人は知ってると思うけれど、ホリエは紙媒体のデザインをやらせていただいてる一方、イベントや演劇の音響もお仕事としていただいてるんですが、そんな中で求められることが多いのが「曲の編集」。
はい、もひとつピンときませんね。わかります。

いや例えばね、イベントなんかで流行りのドラマ主題歌をリップシンク、いわゆる口パクでパフォーマンスするなんて際「これ丸々やると長いよねぇ」なんて時に「主題歌で流してる長さのないの?」なんて気軽めに言われることは日常的にあってね。
でもないんですよ、フツーそんなの。
まぁ仕事がら、たまーにアニソンなんかで「TVサイズ」なんてのが手に入ることはあっても、一般に出回る音源でそんなの収録されてることなんてまずない。
そうなるとどうするかっていうと「造る」って作業になるわけで。
イントロを短くして、2コーラスめを抜いて、最後のリフレインを1回にして、フェードアウトしてるアウトロをカットアウトにして…。

編集というよりは改造。

切り貼りした端境を自然に繋いで、イベントでパッと聴かされたぐらいでは不自然さがわからないレベルに。

そんな例はイベントだけじゃなく演劇にもよくあるハナシでね。
「この曲の雰囲気でここの芝居を見せたい」なんて場合、オーダーしてそれ用に作ったり(そんなお金かかることできる劇団なんてなかなかないし)、曲の尺に合わせて芝居の進行を組み立てたりするんじゃなければ、曲と芝居の尺が合うなんてことほぼない。

じゃあどうするかっていうと件の「改造」が必要になってくるわけでね。
「この曲のここからここまでの部分で5分になりませんか?」ってあなたそれ1分20秒しかないじゃないの、なんてことザラでね。
それも作った「改造曲」でリハーサルしてみると「あー、芝居がノっちゃうともうちょっと尺欲しいなぁ」なんてこともよくあってね。今関わってる現場なんかだと同じ曲を4回も改造したりなんかしてますが。
はいそこのあなた、「そんなの、どうせ改造するなら最初から長めにしとけよ」って思ったでしょ?

あなたは甘い!

曲構成が比較的はっきりしてる歌モノの曲は間奏を伸ばしたりリフレインを偶数回(ここ大事)増やしたりすればある程度格好はつくけれど、芝居にあてる曲なんてほとんどの場合がいわゆる器楽曲でなんかの映画のサントラからひっぱってきたりクラシック曲だったりするので同じフレーズの部分でも楽器構成が違ってたりビミョーにテンポが違ってたりして、単純に切って繋ぐとそりゃもうすごい違和感なわけで。それまで聞こえてたバイオリンの余韻をぶった切って突然チェロがゆっくりめに主旋律弾きだしたらそらおかしいですわな。
そういう事例を避けて無難に繋げる部分を探して長さを出すには限界がある。
大体の場合、10秒〜20秒。よくて30秒伸びたらいいところ。

それでも演出家って人種の人たちは伸ばした音源でリハーサルして「あと15秒からできたら30秒欲しいね〜」なんて誰にともなくボソッと言ったりできる人たち(そこ演出家としては一番必要みたい・笑)なので、そうなるとバイオリンが主旋律を担当してる部分を何回か増やして、チェロが主旋律を担当してる部分のパッセージの早さに徐々に近くなるように(不自然じゃない程度に)調整して、繋ぐ前の部分をフェードアウトに後ろの部分をフェードインにした音源をうまくメロディが重なる部分で合成、必要なら音量的に抑揚をつけて…。
もうなんだか細かく説明すればするほど説明としてわかりにくくなる始末。

ま、やれるんですが(笑)
何百という曲を改造してきたキャリアもありますし。
ただ、デザインもそうですが「5分で作るには5年のキャリアが必要」なんて揶揄されるのと同じく、色んな曲を色んな苦労を経てやってきてるから短い時間で可能なわけでね。

いや、今回はそこのグチじゃなくて(笑)
「こんな苦労をしてるんですよ」なんてハナシをしたいわけでもなく。

「それを作曲した本人が聴いて是としてくれるのか」ということが常にアタマにあって。
クリエイターに対しての裏切りになるんじゃないかと。
「オレならこうする」ってだけでやっちゃっていい部分じゃない気がずっとしてました。
ええ、過去形。
ものすごく長い間、正直言うとメンタルを病むほど悩んでいたけれど。

ここ数年はそれを気にするより「いかに作曲した本人が聴いても気付かないぐらいの自然さで改造できるか」ってことにシフトするようにしてます。
全然気にならないって訳じゃなく、「この曲を求めてる人が使える尺にする」ことのほうに精神的なウェイトを持っていけるようになったというか。
「作曲した本人に代わって必要としている人の要望に応える」という若干おこがましい精神性も含んで。

だからね、どんな曲でもお好みの尺に整えますよ。
クリエイターへの裏切りにならないよう、クオリティを保てるように精進も怠りません。

あくまでそれはお仕事でね(笑)



"惑星タントラ [Vocal:齋藤飛鳥]" by MONDO GROSSO



# by radi-spa.horie | 2017-07-07 00:46 | 仕事 | Comments(0)
2017年 06月 21日

象は忘れない

c0057602_11361409.jpg特に日本人は好きみたいなんだけれど。

「酒飲むとどうしようもないクズなのに、アーティストとしてはすごくいいものを創る」

なんてのが昔から苦手です。

う〜ん、いい方が難しいな。

自分が当事者として特にイヤなメに遭ったってわけじゃないけれど、前述の「酒飲むとクズ」な人が酔っ払った挙句暴れてね、人を殴ったりすると殴られた人にとっては「自分が殴られたイヤな相手」としてしか認識できないのに、その人がどんな美しいものを創ったり素晴らしい言葉を紡いだりして認められようとも、その人にとっては「イヤな相手」であることは変わらないわけで。

それをアーティストとして素晴らしいからその部分には目をつぶる、っていうのがどうしても納得いかない。
そんな人間が評価受けるべきじゃない、と思う。
自分がヒドいメに遭う(酔っ払って怪我するとかね)分には知ったこっちゃないから勝手にやっといたら、と思うけれど。
自分の身を削って、それで良いものを創れるのならそれはそれで評価されて良いのかもしれない(それにしたってそのことによって精神的に傷つく人もいるかも)けれど。

それよりも「ちゃんとした人」が良いものを創った時にもっと評価するべきだと思う。
誤解を恐れずに言えば。
「クズ」が創ったものはどんなに美しくても(「美しい」という評価を得るのは別問題として)「クズが創った」という枕詞が付くべきじゃないのか、と思う。

ま、個人的にはね。


# by radi-spa.horie | 2017-06-21 12:05 | 人間 | Comments(0)
2017年 06月 20日

グルメの定義

c0057602_00294913.jpgこれだけ「グルメ」を謳うドラマや番組が氾濫し、「グルメのことを教えてくれる」サイトに「レビュー」として自分の意見を書きこむ人間が多いにも関わらず、「自分でうまいものを作る」ということに積極的な人間が意外に少ない。
なにも料理人になる必要はない。

「美味い」と思うものを自分で作るぐらい作ればいいのに、と思う。

でも

自分が食べたいものを自分で作りたいと思うのは至極自然な感情ではないのかと思っていたら、どうもそうでもないらしい。
「お店で食べられるものなら店で食べればいい」
と思う人が意外に多い。

もちろんホリエも蕎麦や寿司など、長い経験からくる旨さを必要とするものは自分で作るよりも信用のできる店で食べたいと思うけれど。
チェーンの居酒屋で出てくるようなメニュー、自分で作るくらいちょっとがんばれば(モノによってはがんばらなくても)造作もないことだと思うのだ。
でも作らない人は作らない。

ちょっとした素人割烹みたいなお店で出てくる料理なんて、家庭でお母さんが作るようなものばかりなのに。
なんてハナシをしていたら「ホリエさんは生活のかなりな部分を食に捧げてるからそう思うんですよ」と指摘された。

そういうもの?


"変わらないもの" by 上白石萌音

# by radi-spa.horie | 2017-06-20 23:29 | 人間 | Comments(0)
2017年 05月 30日

誰の成長?

c0057602_21520402.jpgいや、実はね。
今や切っても切れぬ家族になった虎徹がウチに来たのが去年の今日。
ネコアレルギーのホリエが成り行きとはいえネコを家族にするなんてね。
あれ以来、いろんな人に迷惑をかけつつ、ホリエが本気で泣くほどの心配をかけつつこの1年を駆け抜けよりましたわ。
来た直後は何も口にせず心配させて。

「もしかしてあんたらの仕業ちゃうやろな」
と仏壇に向かってひとりごちたりもしたけれど。














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まぁなんしかこれからもよろしくな。
来てくれてありがとう。


# by radi-spa.horie | 2017-05-30 22:02 | 日記 | Comments(4)
2017年 05月 05日

野良犬の話

ちゃんと定年まで勤め上げた人とホリエのようにドロップアウトした人間の「自由を獲得した気分」というのは基本的に違う。
昼間から呑んでると特にそう思う。
ちゃんと「最後まで」責任を果たした人の昼酒は、責任とは無縁の優雅さがある。


# by radi-spa.horie | 2017-05-05 14:50 | 食べ物&嗜好品 | Comments(0)
2017年 04月 13日

職域のはなし

アーティストという連中は表現手法のひとつとして「何かを作る」という行為を持ってるだけだから放っておいても自己発信する。
でもアルチザンは「何かを作る」ことが人生の全てだったりする人が少なくないので優秀な営業マンやバイヤーに巡り会わないと仕事の大変さが実入りに見合わないことが多いと思う。
そういう人たちを引き合わせるエージェント的な職業って日本は少ないよね。
都市計画や町おこしなんかでガバッと持ってっちゃう人は多いのに。


# by radi-spa.horie | 2017-04-13 00:50 | 仕事 | Comments(0)
2017年 04月 10日

テレビ東京ドラマスペシャル 【パンセ】

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‪ようやく関西でも放送のあったパンセ観た。
ありゃもう作り手側にPerfumeファンの割合高過ぎるわ(笑)Perfumeの評価を高めて次に繋がるようにツイートしないと、なんて声もあったけど、作り手にあれだけ愛される3人はもう既に高く評価された上でオファーされてる。
演技だけの問題じゃない。あの3人が持つ場や間を評価しオファーを送るのはテレビ界だけじゃないはず。
ドラマだけで終わらせられない何かがまだこの先にあるから変に要求なんてせずに、3人からの提示を享受し続けるべきなんだと思う。‬

内容的には大のPerfumeファンである製作陣が、伝えたいメッセージを3人に当て書きしたキャラクターの口を通して言ってもらってる感じ。
あ〜ちゃんの声で綴られる語りも、時々ギクリとさせるのっちの言葉も、フワッと包み込むようなかしゆかのメッセージも、全てがそう。

加えて、普段着っぽい衣装のコーディネートや部屋着の「ありそう感」も全てがPerfume。
3人がジャレてるシーンはかつての「シャンデリアハウス」を思い出した。

いや、それにしてもPerfume愛に溢れたオープニングだったなぁ。

# by radi-spa.horie | 2017-04-10 13:26 | Comments(0)
2017年 03月 14日

風習

c0057602_13144826.jpg奥さんね、居酒屋の半数ほどかね、まず席につき飲み物を注文すると(店によっては飲み物のオーダーを取りに来る時点で)煮物やお浸しなど手がかからずにすぐ出せるような料理がね、頼んでもいないのに小鉢で出されたりするでしょ。

いわゆる「突き出し」(「付き出し」かと思っていたがどうもこっちらしい)や「お通し」と呼ばれるものなんだけれど。

こちとらね、もうこのトシだから今やあっちこっちで呑んで(笑)変なシステムのお店にも当たっちゃったりしていろんな経験してるからそうそう驚かないんだけれど、店によっちゃとんでもない額の付き出しだったりして、いけしゃあしゃあとレシートに「オトオシ750エン」とか書いてあると「いや、あれに750円かよ」と思っちゃうわけ。

調べてみたらね、店側が(明らかにお酒を呑みにきた客に)「お酒は何をしましょうか?」と尋ねる意味で出すのが「突き出し」、料理が注文されたのちに「ご注文を確かに板場に通しましたよ」という意味で出される「注文した料理を食べる上で口の準備ができる料理」が「お通し」だそうでね。
だから突き出しは勝手に店側がその時にちょちょっと出せるものを出すけどお代は発生しないもの、お通しは料理として出されるものだからお代が発生するもの、ということらしいのよ、どうも。

ま、そういう言葉の違いはともかくね。どうせ正しい意味合いで使ってるとこなんてそうないんだから。

それはそうと、奥さん、あれ必要?
ま、そりゃいいお店でね「ああ、いいなぁ」なんて感じる旬の素材を使ったものが出されるんなら楽しみだけれど、いかにも「出来合いの買ってきたものです」ってポテサラで300円ほども取って「突き出しです」って言われても「席料ですって言うと具合悪いからそう言ってんでしょ?」って思っちゃう。
それこそ「しつらえ」で雰囲気をちゃんと作ってるお高い店なら席料は納得できるんだけれどね、テーブルをちゃんと拭いてもいないような居酒屋でさ、席料くれって言われたら「なんでよ」ってなっちゃうもんね。
そこを「突き出しです」って言っちゃえば何某かのお金になるもんね。

そこが全くもって気に入らない。

特に夜なんて「サービス料」って名前のよく分からないお金を取られてね、そこへ持ってきて食べたくもない料理をお仕着せで出されてしかもお金取られるっちゅーんだから。
って思ってたらそんなことでモメてる事例も少なくないらしくて(笑)「お通しでお金を取られるのはイヤなんですがどうしたらいいですか」なんて相談がネットなんかで取り沙汰されてたりしててね。
それに対してちゃんと「いりません、と断れば料金は発生しません」だの「予約の時にちゃんと確認を」だの面白い答えをね、真面目にしちゃってるわけ。
まぁそれもそれで違う気がするのよね。
呑みに行ってその店のシステムが気に入らなければ、二度とそこへ行かなければいいだけでしょ?
そうやって「自分の好みの店」を見つけるのも「修行」なわけで。
ぐるなびで自分が本当に気に入る店なんて見つかるわけないっちゅーの。

とはいえ、そういうのを一番嫌いそうな若いコがやってる店でも意外に「お通し」の風習がまかり通っててね。
がっかりさせられたりするわけですが。

そうそう、かくいうホリエ亭でもね、ホリエの気まぐれで突き出しを出したり出さなかったりしてましてね。
もちろん「店主の気まぐれ」で出してるもんなんでお代なんていただかないですよ、奥さん。
でもその時の気分や相手によって(もちろん忘れてるだけってこともあるんですが)出したり出さなかったりしてね、お代をいただくより厄介だったりするかもしれませんね(笑)

あ、今度の金曜日、3月17日は月イチのホリエ亭ですよ。
突き出し、欲しいなら欲しいって言ってくださいね。
ある時はお出ししたいので。


# by radi-spa.horie | 2017-03-14 15:15 | 食べ物&嗜好品 | Comments(2)
2017年 02月 28日

Smell as sweet

「わかりやすく噛み砕いて説明する」というのは
「少々間違った情報でも耳障りが良ければいい」というのと同義ではないよ。
人もモノもその名前で呼ばれるにはそうである理由があるから。

「名前がなんだというの? 
バラと呼ばれるあの花は、
ほかの名前で呼ぼうとも、
甘い香りは変わらない。」
なんてのは色恋に目がくらんだお嬢様の言い分で。

本来の名前で呼ぶのは大事なこと。
「わかりやすいから」と想像がつきやすい別のものと混同させるのは「それ」に対して礼を失すると思う。


# by radi-spa.horie | 2017-02-28 18:03 | 人間 | Comments(0)
2017年 02月 15日

God is not...

最近はレコード会社や事務所が何でもかんでもお金にしようとするあまり、どんなライブも音源化・映像化されてしまう。
だから昔みたいに「幻のライブ」ってのが存在しなくてアーティストが神格化されづらいんだよなぁ。
誰か死ぬと「幻のライブ」みたいのが絶対出るし。
幻は幻のままがいい。

若い世代としゃべっててギャップを感じるのはそこかなぁ。
「ライブでしか聴けないあの音源をCDにしてほしい」とか「あのライブ観に行けなかったからDVDにしてほしい」とかね。
アーティストはファンのコレクションを充実させるために存在してるんじゃない。
アーティストが与えてくれるものを享受するのがあるべき姿な気がする。

まぁレコード会社や事務所がそれに乗っかって「アーティストが形にしてほしくないと思っている」ものまで形にしちゃうからね。
死ぬまで形にしなかったってことは形にしたくなかったってことなんじゃないのかなぁ、と思う。

神様を人間化する必要は感じない。


# by radi-spa.horie | 2017-02-15 14:00 | 日記 | Comments(0)
2017年 02月 08日

空想レストランSeason4 #2+#2ex

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さて、このところペースが落ちているのでは疑惑の空レスさんですが、のんびりながらもちゃんとやっておりましてね。
というのもメンバー3人ともがなんだかバタバタとしておりまして、なかなかに集まにくかったりしてます。
それでも3人があつまるとやはりテーマに関係のないハナシを延々と繰り広げてるんですね。
減るのは残り時間とご飯ばかり(笑)
丼シリーズとなったこの第4シーズン、今回の丼は「ホリエポークチャップ丼フワフワたまご」(ワカバヤシ命名)

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サムギョプサル用の豚バラにケチャップとウスターソースで甘辛味を付け、その上に名前の通りフワッフワに仕上げたあっさりスクランブルエッグをたっぷり。
豚バラ+白ご飯+甘辛味+たまご、って「体のことちょっとは考えなよ」って組み合わせで攻めてきます。
そりゃまぁ白ご飯好き、豚バラ好きな空レス3人組にはまたとないご馳走。
野菜不足をちょっとでも補おうと汁ものは野菜たっぷりの豚汁に。









まぁ、そんなことにはほとんど触れずに関係ないハナシしてるんですけどね(笑)






本編はこちら。


おまけのコーナーはこちら。



# by radi-spa.horie | 2017-02-08 16:31 | 放送 | Comments(0)
2017年 01月 30日

空想レストランSeason4 #1+#1ex

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久しぶりにアップとなった空レス。
久しぶりということもあってとりとめのない会話80%でお送りしております。
今シーズンのテーマは「丼」。
そして今回の丼は「ホリエ親子丼」。ホリエの名前を冠した意味は聴いていただければわかります。
加えておまけのコーナーも!あの大ベストセラーをディスったり、一発屋芸人さんをパクったり、あっちへこっちへ飛びながら本編よりもとりとめなく炎上寸前の会話をダラダラと。長い!(笑)
さぁ、張り切ってどうぞ!

本編はこちら。


おまけのコーナーはこちら。




# by radi-spa.horie | 2017-01-30 11:13 | 放送 | Comments(0)
2017年 01月 17日

神おわす國

直前に起きたしんどすぎる出来事に、本気で中止を考えたのだけれどいろんな人に迷惑をかけてまでとった休暇だったので1泊2日で島根へ出かけてきました。
以前から泊まりたい宿、というか食べたい朝食があったのもあり松江に逗留。

前日まで寒波の襲来が心配されていたので出発ギリギリまでおっかなびっくりだったんですが、フタを開けてみれば大したことはなく無事に出発。
途中高速を降り岡山県美咲町の「かめっち」さんで玉子かけご飯の朝食をいただいたあと、ひとまずはまっすぐ出雲大社へ。

c0057602_10173500.jpg何年かぶりの下り参道、二礼四拍一礼の参詣。
大注連縄も拝し、御朱印も頂いて島根ワイナリーさん経由で昼食へ。

c0057602_10173417.jpg昼食は「羽根屋」さんの本店で「三色割子」「釜揚げ月見」「鴨なんば」と食べたいだけ食べ(いやぁ、釜揚げはさすがに美味かったなぁ)腹一杯の状態で「天穏」で有名な板倉酒造さんで自分用の土産も仕込みいよいよ宿へ。

c0057602_10173539.jpg
実は今回、旅先に島根を選んだのはここに泊まることがメインで。

ホリエは知る人ぞ知る「汁かけご飯好き」。
味噌汁でもなんでもご飯になにかかかってたらいくらでも食べられちゃう。
そんなホリエが以前から食べてみたかったモノがこの「皆美館(現在の名前)」にはありまして。
ただいかんせん、与謝野夫妻や小泉八雲、棟方志功、岡本太郎など数々の文人墨客が逗留した名門旅館、お安いわけがなく、メインになっている宍道湖側の露天風呂付き客室はホリエの懐にはなかなかキビしいものがあったんですが、それとは逆サイドの洋室は意外にリーズナブル。
逆サイドとはいえ客室を出た廊下からは大橋川の河口がよく見えなかなかの眺望。
予約の際はそのリーズナブルさに正直あまり期待してなかったんですが、部屋の広さや調度、セッティングされたオーディオなども含めさすがの名門。お値段以上の値打ちがありました。

その夜は以前松江に逗留した時に楽しんだ居酒屋を求めて歩き回ったものの、どうもなくなっていたというオマケがつきましたが、宿のすぐ近くにいいお店を見つけることができ、ノドグロの煮付けを始め松江周辺の美味しいモノを地酒のお供にいただいて千鳥足で部屋へ戻り、いい具合にこじんまりとした浴場で貸切状態(メインの客室は露天風呂がついてるからね。なおかつ全部で10室ほどなので)でお風呂をいただき就寝。

c0057602_10173444.jpgさて、翌朝。
お待ちかねの朝食は「不昧公好みの家伝 鯛めし」。

なんでも松江の7代目の殿様である松平不昧公はなかなかの趣味人で茶道を奨励(なので松江市内には干菓子・生菓子を扱う店が多く、様々な銘菓がある)したりするなど道楽者(を演じていたとの説もあり)で美味いもの・いいものはことごとく「不昧公お好み」と名付けられていたりする。

そんな殿様がお好みだったという鯛めし。
鯛めしといえば焼いた尾頭付を入れ土鍋で炊き上げるタイプや宇和島鯛めしのように漬けを玉子かけご飯のように食べるものなどを思い浮かべますがこの鯛めしの鯛は「ほぐし身」。
いわゆるそぼろのように細かくほぐされた鯛の身の他、うらごしされた玉子の黄身、白身、海苔や薬味をご飯に乗せ皆美館特製の出汁をかけてさらさらと茶漬けのようにいただくというもの。
もういわば「汁かけご飯の最高峰」。すばらしい上品さ。
もちろんそれだけではなく季節の様々をいただいた後に〆で鯛めしをいただくという贅沢さ。

いや〜、すばらしかった。
毎朝でもいいです。
なんなら毎食でも。
それぐらいよかった。

c0057602_10173371.jpg心地よい逗留と最高の朝食に気を良くし、この日はなんだかんだと寄り道をしながら奥出雲ワイナリーでホリエ亭でお出しするワインを仕入れたり、大好きな笠岡の「いではら」で笠岡ラーメンをいただいたり、倉敷の美観地区をそぞろ歩いたりとあちこちフラフラしながら(笑)帰ってきました。

純粋に観光で泊まりで出かけたのも久しぶりで、ちょっとリフレッシュできてありがたかったなぁ。
なんとなく元気も出た感じ。

さて、次はいつになるんだろうかね。


# by radi-spa.horie | 2017-01-17 08:45 | 紀行 | Comments(0)
2017年 01月 14日

decay / decade

c0057602_00041854.jpg悪いことがあると「神も仏もない」なんてことを言う人がいる。
でも本当は「神も仏もある」んじゃないかと常々思う。
神も仏も本当にいて、そして気ままに人間の運命を弄んでるんじゃないかと。
そうでも思わないと説明のつかない「不誠実な出来事」がある。
それも「彼ら」は突然/前触れもなく/強引にそれを起こす。

「乗り越えられる試練」だから与えると言う。
「乗り越える」もなにも、全てを取り上げるような所業をする「彼ら」にはほとほと愛想が尽きる。

「最初から決まっていた」のだと言う。
勝手に決めておいてよく言う。

どうせ気まぐれで突然決めたことなのだ。
どうせ大した理由もなく決めたことなのだ。










間接的に(いや、直接なのかもしれない)色んなことを教わった人が突然この世を去った。
近しくさせていただいたのはここ何年のことだったが、その人の色んな部分を「カッコいい」と思った。
失礼だけれど「可愛い」とも思った。
「仕事は楽しい」と本気で思っている人だった。
「しんどいから楽しい」のだと。
ああいう人こそ神や仏なのだと思う。
「彼ら」も見習えばいいのだ。
そちらに行ったあの人に色々と教わればいい。
そして反省すればいい。

背中を丸めてニコニコしていたあの人のことを考えながら、今日は呑む。
おつかれさまでした。ごゆっくりしてください。またいつか。


# by radi-spa.horie | 2017-01-14 23:02 | 日記 | Comments(0)
2017年 01月 09日

そういえば、昔からそうだった。

c0057602_23071896.jpg「時間ギリギリで最後の最後に残った、もうそれしか選択の余地のない方法」
というのがジッと何かの影に隠れて助監のキューを待ってる。
あとは「ここぞ」というとんでもなく切羽詰まったタイミングで出されるキューに、
「その方法」は満を持して出てくるのだ。
「おい、オレを待ってたんだろう?」と。
もうなんだかスクリーンに大写しになったベネディクト・カンバーバッチのように。

最初からちゃんと準備をして、その計画通りに事が進み、上手くいくに越した事はない、
とどこかで思っていても、ギリギリまで手をつけられない。
それは「トラブル好き」という言葉では括れない、
「マゾヒスティック」でもない。
ましてや「追い詰められないと動けない」なんてドラマティックさでもない。
大ごとでともすれば取り返しがつかないのでは、ということほど、
そうしてしまう。

「運命を待つ習性」とでも言うべき呪われた体質。

体質だから治らない。


# by radi-spa.horie | 2017-01-09 23:17 | 人間 | Comments(0)
2017年 01月 08日

自動車という人格

c0057602_14132222.jpg朝から、大きな別れをしてきました。
年末に決めてはいたんですが、いろいろな事情でこのタイミングにはなりまして。

愛車、というか古女房のラシーンさん。
20歳台後半から30歳台くらいの全盛期には恐らくその辺の営業マンよりも車の中で過ごした時間が長かったんじゃないかと思うと、身の回りにいる誰よりもこの車と一緒にいた時間のほうが長いのかもしれません。
何度かの大手術にも耐え、乱暴なホリエの扱いにもへこたれず、文句ひとつ言わずにいろんなところへ運んでくれました。

最後に助手席に乗ったのは虎徹(笑)

車検証で確認したところ、初乗りが平成10年の3月。ほぼ19年。
降りる時に目にしたメーターは「225,394km」。地球を5周以上。
これだけ一緒にいた時間が長くてホリエが全くイヤな気持ちにならなかった相手はこの方だけかもしれません。
彼女はどう思ってたかわかりませんが(笑)

最後は事故という良くないイベントが幕を引くきっかけにはなりましたが、それでもホリエが怪我をせずに同乗者に怪我をさせずに済んだのはラシーンさんのおかげだと思っています。

日に700km以上も走った時も、パンッパンのアイスバーンで危ないメに遭った時も、大雨で橋が渡れず淡路島に足止めされた時も、フェリーで海を渡った時も、屋根にまでたくさんの荷物をギチギチに積んで現場へ行った時もいつも一緒でした。

ありがとう、ラシーンさん。
よく頑張ってくれました。
おかげで豊かな生活を送れました。
おつかれさま。


# by radi-spa.horie | 2017-01-08 14:33 | 日記 | Comments(0)
2017年 01月 05日

やがてゆく道

c0057602_22495276.jpg小さい子、それも2〜3歳の「どう動くかわからない、見た目ではわからないとんでもない力を発揮する瞬間がある」幼児を、安易に身体的なポテンシャルがどんどん低下するおじいちゃん・おばあちゃんが世話を買って出てはいけないと思う。
「そうは言うけれど昔は畑仕事の間、年寄りが子供の面倒を見てたもんよ」
なんて言うのは車両が今のように多くなく、突然刃物を振り回すような犯罪がなかった時代のこと。
よく見るんだけれど、おじいちゃんおばあちゃんに連れられた幼児がその手を振り切って車道へ飛び出すようなことがままある。
あんな子供を自分の車で、なんて考えるだけでゾッとする。
こっちにも、世話をする自分たちにもとんでもない負担になることをよく考えて欲しい。
孫が可愛いのはわかる。
たぶん自分がそうならそうするであろうと思う。
ただ、そこで思いとどまるのが孫のためではないかと思う。

あと、自転車も免許制にしてはもらえまいか。
ある程度の年齢以下も以上も「ルールを守る」という意識以外の部分で危ない。
「交通弱者」とは言うが、それを作らない工夫も必要なのではないか。
無責任な親の自転車について確認もせずに車道に飛び出してくる子供をよけたり、自転車の荷台に山のように荷物を積んでフラフラと車道と歩道を行きつ戻りつするお年寄りをヒヤヒヤしながら追い抜くのは自転車に乗っている時ですら非常にコワい。


# by radi-spa.horie | 2017-01-05 15:49 | 人間 | Comments(0)
2017年 01月 03日

年初のごあいさつ

c0057602_09490035.jpg明けましておめでとうございます。
今年は年末年始の予定を全て振り切って、なんにもなしにしたのでいわゆる三が日はほぼ初めての「寝正月」を過ごさせていただきました。
今年も「生かされる」1年でなんとか生き抜いていこうと思います。

何年も何人もの人に言ってますが、
人の生き方は「螺旋」であるべきだと信じています。
人はいつまでも「同じこと」をすることから逃れられない。
けれどもループのような「同じこと」でも螺旋のように少しでも高い位置にいるべきだと。

今年もそれだけを念頭に生き切ります。


# by radi-spa.horie | 2017-01-03 11:13 | 日記 | Comments(2)
2016年 12月 26日

ヴェロシティ

c0057602_09591409.jpg若い頃って自分の好きな人としか付き合いがなくて偏ってるから、その振り幅の外にいる人がする事・言う事に対して「変だ」とか「理解できない」とかって言うけど、要は自分のヴェロシティが世間の振り幅についていけてないってことを露呈してるだけなんだよね。



# by radi-spa.horie | 2016-12-26 09:57 | 人間 | Comments(0)
2016年 12月 13日

distance

c0057602_23201546.jpgよく言われる「空気を読む」というのはなにも特別なことではなく、
例えば他人と一緒に歩く時にその人との関係を(無意識に)適切に判断して距離や位置を判断する能力のことじゃないかと思う。
近すぎても遠すぎても前すぎても後ろすぎても真横でもダメな感じ。

と、一緒に歩いて「邪魔くさいな」と思う相手が一緒だったので考えた。
わっかんねぇかなぁ。
その距離感は煩わしいんだよね。


# by radi-spa.horie | 2016-12-13 23:20 | 人間 | Comments(0)
2016年 12月 12日

残らないDNA

c0057602_00210287.jpg
虎徹の去勢手術をしました。
ずいぶん前からずっと悩んで、メリットデメリットを相殺し出した結論でした。
が、いざ手術日が迫るとこの結論でよかったのかと最後の最後までグズグズ考えてしまいました。

手術に入る直前に連絡をもらうことになっており、その電話があった時も往生際悪く逡巡がありました。
1時間ほどして手術が無事済んだ旨の連絡があり、ようやくあきらめがつきました。
半日ぶりの虎徹は病院に置き去りにされたからかいささか仏頂面で、それでもちゃんと元気そうな様子は見てとれ、ホッとひと安心。
その顔を見てなぜだか涙が出そうになりました。
もう彼のDNAは残りません。
額の模様も、やたらと噛むクセも、炭水化物が好きなところも彼で最後。

だからこそ最期のその日まで、彼の全てを愛してやろうと思います。


相変わらず噛むけど(苦笑)


# by radi-spa.horie | 2016-12-12 00:20 | 日記 | Comments(0)
2016年 12月 08日

I love you.

c0057602_00052051.jpg
ものすごく長い間、自分の感情を表に出すことを良しとしない考えをしていた。

特に「好き」だと口に出して言うことを意識的にしてこなかった気がする。

もういいトシだけれど、残りの人生そんなんではもったいないので最近は意識して「好きだ」ということにしている。

# by radi-spa.horie | 2016-12-08 00:05 | 人間 | Comments(0)
2016年 12月 05日

死んだライナーノーツ

c0057602_23251827.jpgちょっと前によく似た面白いハナシが間を空けずにネットで取り沙汰されててね。

でも、よく考えると「面白い」とも言ってられない気がしてね。


ご存知の方も多いと思いますが、若者に人気のバンドSEKAI NO OWARI(以下セカオワ)を老舗オジさんテクノユニット電気グルーヴがパクってるって話題が世間を騒がせたのはつい最近。


「ん?」って思いません?


なんかセカオワのファンがどこかで電気グルーヴのとある楽曲を耳にしたらしく「なんだよこれ、オレたちのセカオワにテイストそっくりじゃん。誰だよこのオッさん達。パクりじゃねぇの?」って思ったみたい。

個人的には「似てるかなぁ」って思うんだけど、電気グルーヴの志向が最近変わった(んなわけあるかい・笑)わけじゃなければ「似てる」のはセカオワの方ってことになる。


ただね、それを仲間うちで話してるだけならよかったんだろうけど、いきなりSNSで全世界に向けて発信しちゃったもんだから大騒ぎに。今の時代はコワイねぇ。

まあこの件は電気グルーヴのファンが「25年前からパクってたのがバレたか」「それはセカオワに失礼だろ」なんて返しで笑える大人の対応をしたので事なきを得たんだけれど。

ま、「セカオワに似てる」といわれた楽曲を改めて聴きましたが「似てるか~?」って感じでしたが(笑)


そのちょっと前にこれまた若者に人気の新進バンドONE OK ROCK(以下ワンオク)の「To Feel The Fire」を缶コーヒーのFIRECMでどこの馬の骨だかわからないスティービー・ワンダーなる黒人のオッさんがカヴァーしてるって騒ぎになった(笑)

ワンオクファン曰く「どうせ使うならカヴァーじゃなくワンオクのを」「誰だよこのオッさん」だってんだもんね。


そんなもの、ライナーノーツ(それ自体がなくなりつつあるし、ダウンロードで買ってりゃないわな)やちゃんとした音楽誌読んだらわかるよ。

若いコはそういう欲がなくなっちゃたのかなぁ。音楽として「聴く」ことよりもカルチャーとしてはたまたファッションとして「身につける」ことがよくなっちゃたんだろうかねぇ。

音楽自体に関して詳しいヤツは「オタク」って呼ばれちゃうんだろうか。

何がびっくりしたってこの前若いコとしゃべってて「ライナーノーツみたいにさぁ」「ライナーノーツって何ですか?」みたいなことになったのよ。

存在自体を知らないわけ。そりゃダメだわ。「じゃあアーティストの情報って何で仕入れてるの?」って訊いたら「WikipediaとかTwitterですかねぇ」って。やっぱしか。それ「事実の羅列」や「アーティストサイドからの情報発信」じゃん。


これね、ただ「バカな若いコ」ってだけで片付けられない(もちろんそれもあるけど・笑)気がするんですよ、奥さん。

考えてみたらね、今の若いコたち(に限らんか)って音源はデータでネットから買うか、CD買うにしてもすぐに携帯端末に放り込んで聴くわけじゃない。「モノ」はいらない状態なのよね。

ホリエ世代はアナログレコードとCDの端境の過渡期で両方を知ってて、アナログは不便だのデジタルは音が冷たいだの「所有してる音源」に関しての論争があったわけ。もういいトシなんだから知ってるでしょ?奥さん。あの頃ってまぁもちろんレンタルレコードとかあったけどやっぱりまだまだ「所有する」文化だったと思うのよ。

それが「所有しない」文化になって何が変わったかっていうと「ライナーノーツ」もそのひとつだとだと思うわけ。


ライナーノーツ、知ってますよね。アナログレコード時代の歌詞カードには必ずペラ1ぐらいは入ってたあの紙。特に洋楽には歌詞の日本語訳にくっついたりしてて。

音楽に詳しい文化人や音楽ジャーナリストと呼ばれる人、はたまたそのミュージシャンをよく知るミュージシャンが楽曲やアーティストの人となりや歴史を解説した、いわば「解説書」。渋谷陽一さんとかピーター・バラカンさんとかね。懐かしいなぁ。

アナログレコード時代はもちろん、CDになってからも初期の頃はちゃんと入ってたあの紙を舐めるように読んだなぁ。そのアーティストのバックボーンにある様々を先人から教えてもらいました。「そうかあのリズムの感じはそんなミュージシャンから影響受けてんだな」とか「あのギターの音作りは」みたいなね。

で、そのルーツになった音源を聴いてみたくなってバイト代の多くをそれに注ぎ込んだりしてました。その中には間違った情報や、筆者個人の思い入れも多分にあったけど(笑)

そういう意味では今は「そのアーティストのことを第三者から教えてもらう」機会がグンと減ったと思うんです。この「第三者から」っていうのが大事じゃない?奥さん。アーティストサイドが発信する情報ならオフィシャルサイトでも見ればいいわけなんだけれど、それはそこ、他人から見たイメージや情報なんて載せてないじゃない。あんなの見てもアーティストサイドが発信したいことしか入ってこないもんね。

エヴァじゃないけど「他人から見た自分」っていうのは大事。でそれは本人からは絶対に提供されない情報。だからこそ第三者が思い入れたっぷりに語るライナーノーツが必要だと思うわけ。かく言うホリエも思い入れたっぷりに語っちゃってるけど(笑)


最近の音楽誌も一部を除いてはもはやレコード会社や芸能事務所の宣伝媒体に成り下がっちゃっててね。もう音楽情報の発信源としては弱い。アーティストの繰り出す「音源」に対して辛辣なことなんて言ってないものね。

そんな環境の中アーティストに関しての「他人からの情報」を手にするのはもはや無理があるのかもしれない。


一億総オタクだったあの頃を懐かしんでもしかたがないのかもしれないけれど、せめて自分の好きなアーティストに関してぐらいいろんな情報・意見を仕入れて詳しくなってほしいねぇ。表面的なファッションに終わらせずにさ。お願い。



"Harvest Moon" by Neil Young



# by radi-spa.horie | 2016-12-05 23:25 | 音楽 | Comments(2)
2016年 12月 03日

コンスタンティノープル

c0057602_10253775.jpg結局今の広告屋さんってのは
「クライアントが納得する」ものを作るのが仕事であって、
「告知相手にいかに届くか」は二の次になってる。

大手であればあるほど結果が求められない、
という不思議な現象。
いや、現状。

会社の名前にあぐらをかいて名の知れた高いデザイナーに仕事をさせて、
テイのいいものを吐き出すが「結果は知らん顔」。

もちろん広告屋は広告するのが仕事なんだから、
とは思うけれどあまりにヒドいのをよく見る。
クライアント側の
「自分に耳当たりのいい言葉だけを聞きたい」
というところも問題あるのかもしれないが。
「中抜き」という作業に特化しすぎた果て。

先日伺った素晴らしいイベント。
会場で配られるパンフやステージに踊る
「いかにもそれなりのデザイナーがやりました」
ってロゴマークや、
名の知れたそうそうたるスポンサーの名前の羅列。

それにひきかえ、
素晴らしいパフォーマンスを見せるアーティストのステージなのに
客席には少なくない空きが。
かくいうホリエもお誘いいただくまでそんなイベントが開催されているのさえ知らなかった。

カッコ良いイベントサイトを構築し、
「一部の人の目に触れる」カッコ良いポスターを制作し、
体裁を整える。

まぁ、零細事務所のやっかみなんですがね(笑)


# by radi-spa.horie | 2016-12-03 10:25 | 日記 | Comments(0)
2016年 12月 01日

目分量

c0057602_12093440.jpgいつ頃からだろうか、目分量で調味料を入れても煮物の味がパシッと決まるようになったのは。
若い時分は入れすぎたり、足りなくて慌てて足して雑な味付けになったりしたものだった。
それでも「計る」というのが何か違う気がして頑なに目分量でやっていたらそのうち良い塩梅が身についた。

良い塩梅、という中には調味料の量だけじゃなく食材を入れる順番やタイミング、食材の状態に合わせた調味料の増減なんかも含まれると思う。

そう考えると、人間関係を構築・維持していくことは料理によく似ている。

過ぎれば取り返しがつかなくなることもあるし、足りなければ水臭い。
それも人との付き合いを通してでしか塩梅を学ぶことはできないし、計れるものではない。
同じ人と同じコミュニケーションの取り方をしていれば同じ関係を保てるわけではない。
食材と同じく、相手の状態に合わせて頃合いを調整する必要がある気がする。
春の大根と秋の大根に同じ味付けをしていてはダメなのだ。

まぁ、それが上手くできれば苦労はしないのだが。


# by radi-spa.horie | 2016-12-01 12:09 | 人間 | Comments(0)
2016年 11月 29日

Right Time, Wrong Way

c0057602_09450898.jpg

店の業態や営業時間や定休日や店名や味をコロコロ変える店は好きじゃない。

ホリエが「外で食べる」ということにはその味以上に安定感が欲しくてそうしているのに落ち着かないからだ。

「いいな」と思っても、しばらくして再訪したら中にいる人間は同じなのに店名はおろかメニューまで変わっていたりすると酷く裏切られた気がする。残念この上ない。


なぜか日本人は「未完成の美」に惹かれる傾向があるみたいだ。

「まだまだ店の味は決まっていません」なんて平気で良いことのように言う店主がいる。

完成してないものを客に提示してお金を払わせるという仕事もなかなか珍しいのではないかと思う。

もちろん、味は時代に合わせて変わっていくべきである、というのはひとつの考え方だ。

長く続いている飲食店は時代に合わせて自分を変化させることができた結果だと思う。

「頑固一徹」を貫いているように見える老舗もちゃんと「時代」に乗っているからこそ生き残っているのだ。

(そこを勘違いして「ウチはこのやり方を変えません」なんてとこはやはり中途半端に終わる傾向が・笑)


閑話休題。


ずいぶん前に入ったラーメン店で店主が「ボク修行したんは大阪なんでね、商売はね、『商い』って言うぐらいだから飽きたら終わりやっちゅーて教えられてきたんですわ。そやし飽きひんように色々試してみてるんですわ」と訓示をくれた。なるほど何年かして訪れたその店は違う店かと思うほど味が変わっていて「ああ、そういう人なんだな」と思ったもんだ。

「飽きない」のは仕事のやり方にであって「味」にではない。

一期一会で出会えた味が「実験」であってはいけないと思う。

仕事に飽きずに「時代にあった同じもの」を出せる店がいい飲食店だと思う。


特にラーメン屋や蕎麦屋や洋食屋なんかのプリミティブなとこはそれを守って欲しいんだよなぁ。



# by radi-spa.horie | 2016-11-29 09:42 | 日記 | Comments(0)
2016年 11月 26日

革命の日

c0057602_04185511.jpg

母は女の子が欲しかった。らしい。

本人から何度となく聞いたので間違いはないだろう。

しかし身体的な事情もあって、弟を生んでほどなくして子供を持つことを諦めざるを得なかったようだ。

彼女はこちらの気持ちなどあまり考えずにその辺の事情をホリエが幼い頃から話して聞かせた。

まるでそうすればホリエ兄弟が姉妹になると思っているかのようだった。

まだ学校にも通っていない幼い兄弟に女の子のようなボートネックにフレンチスリーブのショートパンツアンサンブルをわざわざ大阪や東京まで出向いて買い求めお揃いで着せたりしていた。

そのせいか今もジェンダーレスなファッションには抵抗がない。

そんな「着せ替え人形」は思春期の頃には立派に「母親好みの服を選ぶ息子」になっていた。

ただ、それは別にイヤイヤなわけではなく自然にそうしている気がしていた。

それがテイのいい洗脳であると言われればそうであるかもしれないが。

服を選ぶのは必ず母と一緒に。母が手作りしたものは文句ひとつ言わず着て喜んで見せた。今思えば完全にマザコンだ。

そんなホリエ青年が唯一「注文」を出したのがいわゆるフィッシャーマンズセーター。

確かポール・ニューマンだったかが映画かなにかの劇中で着ていたセーターを見て欲しかったように憶えている。

それを告げると母は嬉々として毛糸を買い込んできて編み始めた。ただ、母が買ってきた毛糸はベージュというかクリーム色のような優しい色だった。あわてて「欲しいのはグレーだ」と伝えたが、買ってしまったしあんたには白の方が似合う、と言われ諦めてしまった。

そしてそれは出来上がったのだが、母が編み上げたのは大きな縄編み模様が入ったいわゆるアランセーター。ホリエが期待していたのはどちらかというと写真のようなフィッシャーマンズセーターでも首回りの詰まった模様の小さなガーンジーセーターと呼ばれるものだったのだ。

思えばトラッドが席巻していた母の世代の人間が白いアランセーターを思い浮かべるのは当然といえば当然だったのだが。


編んでいる経過を見ていれば途中で中断させることもできたのだろうが、以前も書いたように母は何かイヤなことがあると寝付くことができず夜っぴいて23晩で仕上げたりするほどだったのだ。


それまでならそれでも失望した顔ひとつ見せず喜んで着せて見せたのだろうが、その時ばかりは違った。

ここがこういう風に違う、と注文をつけ何度も編み直しを要求したのだ。

母もなぜ今まで文句ひとつ言わず自分の提示するものを着ていた息子が急にうるさく注文しだしたのか甚だ疑問だったことだろう。

もしかするとそれまでホリエ青年の奥底で燻っていた何かが火を吹いたのかもしれない。


そうして何度かの編み直しの後、ようやく着地点を見つけめでたく完成となった。


そのセーターはその後何年も、ヨレヨレになって変色するまで、ちょうど今頃の季節になるとタンスの引き出しに並べられた。

そして、そのことがあってから母が着るものにあまり干渉しなくなった。


今もこの季節になって大きな縄編み模様を見かけると思い出す。



# by radi-spa.horie | 2016-11-26 04:18 | Comments(0)
2016年 11月 22日

いらぬものとて

c0057602_22425504.jpg1年間ホリエ亭をやらせていただいたこともあり、何度も何度も「豆」を炊きました。
最初はうまくいかなかったりしたんですが、何度もやってるうちに「これ」という勘所がわかるようになりました。

特に色の濃い大きめの豆(紫花豆など)は炊くことの難しさもありますが「アク抜きの度合い」を見極めることの方が難しかったりします。
基本的にアクは水溶性なので豆の場合は「茹でこぼす」という作業を行うことでアクを抜くんですが、長時間加熱すると豆が割れたり煮崩れたりする元。
なので何度も茹でこぼして水を変え、少しづつアクを出していきます。
紫花豆などは5〜6回も茹でこぼします。
アクを抜けば抜くほど炊き上がりは「すっきりとした」「上品な」味に仕上がります。
ただ抜きすぎると素材の味があまりしない「調味料の味」になりがち。
そこで「アクを残す」作業が必要になってくるんですが、豆の保存状態や保存期間(要はヒネてるかどうか)によって残り具合が変わってきます。
その見極めが難しい。なのでできるだけ同じお店の同じ状態のもの(お店の人の判断ですが)を使うようにすることでずいぶんと安定しました。
それでも旅先の道の駅なんかで買ったものや頂いたものは茹でこぼすごとにかじってチェックしないと判断できません。

そんな邪魔者のように言ってきた「アク」ですが、年齢とともに「本当に必要ないのか?」と思うようになりました。

どんな食材を炊いても多少のアクは出ます。なんのイヤな味がしない野菜を炊いても白く泡だつようにアクが浮かびます。
植物性のアクというのは植物が渋み・苦味・エグ味などで草食動物から身を守るために持っているものだと言いますが、必ずしも人体に悪影響があるものばかりではありません。
もちろんほうれん草なんかに含まれるエグ味の元・シュウ酸などは腎臓に問題のある人にはある意味「毒」になるものです。
でもアクの多くは「生で」「大量に」「一度に」摂ると問題のあるものばかりで、健康な人が普通に食事で摂取するくらいの量ではなんら問題のあるものではないようです。

ごぼうのささがきってみなさんどうしてます?
まずはごぼうをたわしで洗って、包丁の背かなんかで皮をこそいで、削りながら酢水に落としてアクを抜く、というのが教科書なんかで見る方法。
でもああしちゃうと「ごぼうの土臭い味」がほとんどしなくなりませんか?
もちろんボイルだけでサラダなんかにして食べる分にはその方がいいのかもしれませんが、ごぼうの味そのものを楽しみたい時には頼りない気がするんです。
炊き込み御飯や柳川鍋、きんぴらにするにはもはや皮をも残したいくらいです、個人的には。

ことほど左様に(年齢とともに)アクを欲するようになってます。
ワインも日本酒も雑味が複雑な個性が強いものを求めるようになったのはそういうことなのかも。

そんな中、ホリエカレーを作っている時にも「アク」の問題は付いて回ってました。
トマトペーストや玉ねぎがメインで昆布と鶏ガラスープで炊き込むホリエカレーでも白い泡としてアクがかなり浮きます。
最初はそれをしつこく掬ってたんですが、知り合いのパキスタン人の「カレーはアクが出なくなるまで炊く」というひと言で考えが変わりました。
「アクが出なくなるまで」というのはアクをしっかり取ってということではなく、アクが炊くうちに溶け込んでなくなってしまうまでという意味。
そこまで炊くことで仕上がりの目安にしているらしいのです。
アクも味に必要なものだからと。
目からウロコでした。なかなかカレーの味に「厚み」が出なくて困っていたから。
そこで全くアクを掬わずに炊き続けてみました。するといつもの仕上がりの時間くらいにはほとんどアクが見えなくなったのです。
その味は今までのような「すっきりしすぎた」クリアなものではなく野菜やダシをストレートに感じられる芯のあるものになりました。
パキスタンの知恵恐るべし。

それ以来、いろんなものをアクを取らずに炊く実験を重ねてます。


# by radi-spa.horie | 2016-11-22 22:42 | 食べ物&嗜好品 | Comments(0)