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2016年 11月 22日

いらぬものとて

c0057602_22425504.jpg1年間ホリエ亭をやらせていただいたこともあり、何度も何度も「豆」を炊きました。
最初はうまくいかなかったりしたんですが、何度もやってるうちに「これ」という勘所がわかるようになりました。

特に色の濃い大きめの豆(紫花豆など)は炊くことの難しさもありますが「アク抜きの度合い」を見極めることの方が難しかったりします。
基本的にアクは水溶性なので豆の場合は「茹でこぼす」という作業を行うことでアクを抜くんですが、長時間加熱すると豆が割れたり煮崩れたりする元。
なので何度も茹でこぼして水を変え、少しづつアクを出していきます。
紫花豆などは5〜6回も茹でこぼします。
アクを抜けば抜くほど炊き上がりは「すっきりとした」「上品な」味に仕上がります。
ただ抜きすぎると素材の味があまりしない「調味料の味」になりがち。
そこで「アクを残す」作業が必要になってくるんですが、豆の保存状態や保存期間(要はヒネてるかどうか)によって残り具合が変わってきます。
その見極めが難しい。なのでできるだけ同じお店の同じ状態のもの(お店の人の判断ですが)を使うようにすることでずいぶんと安定しました。
それでも旅先の道の駅なんかで買ったものや頂いたものは茹でこぼすごとにかじってチェックしないと判断できません。

そんな邪魔者のように言ってきた「アク」ですが、年齢とともに「本当に必要ないのか?」と思うようになりました。

どんな食材を炊いても多少のアクは出ます。なんのイヤな味がしない野菜を炊いても白く泡だつようにアクが浮かびます。
植物性のアクというのは植物が渋み・苦味・エグ味などで草食動物から身を守るために持っているものだと言いますが、必ずしも人体に悪影響があるものばかりではありません。
もちろんほうれん草なんかに含まれるエグ味の元・シュウ酸などは腎臓に問題のある人にはある意味「毒」になるものです。
でもアクの多くは「生で」「大量に」「一度に」摂ると問題のあるものばかりで、健康な人が普通に食事で摂取するくらいの量ではなんら問題のあるものではないようです。

ごぼうのささがきってみなさんどうしてます?
まずはごぼうをたわしで洗って、包丁の背かなんかで皮をこそいで、削りながら酢水に落としてアクを抜く、というのが教科書なんかで見る方法。
でもああしちゃうと「ごぼうの土臭い味」がほとんどしなくなりませんか?
もちろんボイルだけでサラダなんかにして食べる分にはその方がいいのかもしれませんが、ごぼうの味そのものを楽しみたい時には頼りない気がするんです。
炊き込み御飯や柳川鍋、きんぴらにするにはもはや皮をも残したいくらいです、個人的には。

ことほど左様に(年齢とともに)アクを欲するようになってます。
ワインも日本酒も雑味が複雑な個性が強いものを求めるようになったのはそういうことなのかも。

そんな中、ホリエカレーを作っている時にも「アク」の問題は付いて回ってました。
トマトペーストや玉ねぎがメインで昆布と鶏ガラスープで炊き込むホリエカレーでも白い泡としてアクがかなり浮きます。
最初はそれをしつこく掬ってたんですが、知り合いのパキスタン人の「カレーはアクが出なくなるまで炊く」というひと言で考えが変わりました。
「アクが出なくなるまで」というのはアクをしっかり取ってということではなく、アクが炊くうちに溶け込んでなくなってしまうまでという意味。
そこまで炊くことで仕上がりの目安にしているらしいのです。
アクも味に必要なものだからと。
目からウロコでした。なかなかカレーの味に「厚み」が出なくて困っていたから。
そこで全くアクを掬わずに炊き続けてみました。するといつもの仕上がりの時間くらいにはほとんどアクが見えなくなったのです。
その味は今までのような「すっきりしすぎた」クリアなものではなく野菜やダシをストレートに感じられる芯のあるものになりました。
パキスタンの知恵恐るべし。

それ以来、いろんなものをアクを取らずに炊く実験を重ねてます。


by radi-spa.horie | 2016-11-22 22:42 | 食べ物&嗜好品 | Comments(0)
2016年 11月 07日

Inherited Tastes

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昔から父の作る食事が好きだった。
伊吹山の麓の田舎町の人だった父が作るものはいきおい塩味が強く、子供の舌にははっきりしたその味が心地よかったのかもしれない。

「ナウい奥様」を標榜していた感のある母親はレシピ本やなんかを参考に「おしゃれ」な食事を作ることが多くあったが、母親が臥せっている時や作りたがらない時は親父がキッチンに立っていた。
今考えれば、弟が生まれた時は母親が不在だったはずなので2〜3歳のホリエの食事は父が作っていたのだろう。
ホリエが中学生の頃からキッチンに立つことに抵抗がなかったのはそういう姿を見ていたこともあるのだ。

小学生の頃、夏休みなんかに早朝から仕事についていくとトラックの中で渡される弁当。
紫蘇漬けの真っ赤な梅干しがたっぷり入ったおにぎりや、味の付いていない白ご飯を砂糖と醤油で異常に甘辛く炊いた油揚げに詰めたお稲荷さん、これでもかと塩と青ネギを入れたしょっぱい卵焼き…。
小学生の胃袋には少々多めのそれらを夢中で食べた記憶が、父との夏休みの思い出。

分かりやすい味のものは自分なりの味付けで比較的容易に再現できる。
が、父が作っていたのはそれ以外にもあった。
職業として「鮎のあめだき」を炊いたり、ふなずしを漬けたり、鯉を調理したり、親戚の集まりでイノシシをバラしたり、様々な「プロの技」を持っていたのだ。

先日、請われて久しぶりに鮎を調理した際に「なんとなく」しかその調理方法を知らない自分に気づいて呆然とした。
小さい頃から何度となく調理過程を眺め、できたてを温かいうちに口にしていたホリエは軽々しい気持ちで引き受けたのだった。
魚をどう調理すればよいのかはもちろん知っている。
しかし、鮎という繊細な食材を自分が覚えているあの「あめだき」にするには父の技術が必要だったのだ。
四苦八苦しながらなんとか仕上げた「あめだき」は自分の記憶の中にあるものには程遠く、慎重に形の良いものを選んでなんとかテイを為して苦々しい思いで先方に渡した。


父が急に亡くなったので、今まで享受されるだけだったものの調理方法は「教えて」もらわず終いになってしまった。
あんなに形よく炊かれた鮎、塩梅の良いふなずしは永久に失われた。
自分の子供が成人した今、かつての父の気持ちがなんとなくわかるようになりこれから大人同士のコミュニケーションが持てる、という時に失った父親という存在はそういう意味でも大きかった。
世の中の人々に父の作ったそれらのものを食べてもらえなくなったのが返す返すも残念だ。

逆に、自分が作ったものを食べてもらえなくなったのも。
実は亡くなる数日前、膝を痛めた父を病院に連れていくために夜の予定を押して実家に帰っていた。
帰り際、男やもめにありがちなキッチンの有様を見て、手近にあった鶏肉で自分がよく作るハニーマスタードチキンを年寄りの口に合うように醤油の割合を多めにして仕込み「あとは明日にでもトースターで焼いて」と置いて戻った。
次の日、電話で話していると「あれ、美味かった」と感想をくれた父。
思えば自分が作ったものを食べてもらうことはあまりなかったなぁと反省して、これからは戻った時にできるだけ何か作って置いていこうと思った矢先。

味を伝えてもらうことも、自分の味を食べてもらうこともできなくなった。
教えて欲しい味も、食べて欲しい味もまだたくさんあったのだけれど。

人の人生において味は思い出であり資産であると思う。
食べさせてもらったり食べさせたり、ということで繋がっていく気がする。
そんなことを最近強く感じて、成人して食べるくらいは自分でなんとでもするようになった我が子にできるだけ自分が作ったものを食べさせる機会を増やそうと思った。
これで彼の中にホリエの味が刻まれていくことを願いつつ。


by radi-spa.horie | 2016-11-07 12:31 | 食べ物&嗜好品 | Comments(2)
2016年 11月 05日

ショー・マスト・ゴー・オン

c0057602_16573832.jpgどうも寒くなると炊きおかずの汁をたっぷりめに作って、残り汁で別のものを炊く「自転車操業炊いたん」をやりがちではある。
ぶっちゃけ4〜5日は続けてしまうことがある。
もうそうなるとメニューの度に入る豚や鶏の出汁が混ざり合い、野菜の旨味が渾然一体になって「これ」と特定できない味わいになっていく。
その「雑味が育っていく」感じを楽しむのが(そして鍋を洗う手間をいかに省くかが)好きなのだ。
暑い時期には煮物を入れたままの鍋を放置すると半日で傷んでしまうのでできないので、寒くなってからならでは。
限界まで待つのだ。
どんどん複雑な味になっていき、最終的におじやでピリオドを打ちその「濃いダシ」を楽しむまで。


"Pleasure Seeker" by Naked Music

by radi-spa.horie | 2016-11-05 16:57 | 食べ物&嗜好品 | Comments(0)
2016年 01月 31日

Everyone's Harvest〜オーガニックであること〜

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奥さん、また随分間が空いちゃいましたね。
こっちも色々忙しくて…。
あ、普段の生活を知ってる人はウソなのわかっちゃってますかね。言い訳です、すいませんね。

今日はちょっとマジメにね、友人とハナシをしたおかげで自分が断片的に考えてたことがまとまったので。
まあ賛否両論ある話題なのであくまで私見、ってことで聞き流してもらえればと思うんですが。

奥さん、「オーガニック」って言葉を聞いてどんなイメージが浮かびます?
安心とか安全とか健康とか?
そもそも「オーガニック」の定義って正しく認識してます?
一般に言われる「オーガニック」と「無農薬」とは意味が違うということさえ知らない人も多い現状。

そもそも「オーガニック」とは「有機の」という意味。
そんなことわかってるよ、という奥さん、あなた「オーガニック」ってラベルが貼られてる作物の何が「有機」なのかって知ってる?
「有機」って書いてあったら体にいいに決まってると思ってない?
ここでいう「有機」というのは「有機栽培」のことでね。有機肥料や有機資材を使って栽培された作物ってことなの。
例えばJASの有機認定基準には「JASが認めた31種の農薬は使ってよい」と明記されてるのよ。だからちゃんと農薬使ってるの。そんなイメージないでしょ?変な言い方だけれど「有機栽培なだけ」。
もっと言うと化粧品なんかは原材料のうち1種類でもオーガニック素材を使っていれば(極端に言えば他の原料はどんな薬品に晒されていようと)「オーガニック」を名乗ることが許されてたりするし。
そんな曖昧なオーガニックの基準にも関わらず、消費者の多く(特に小さい子供を持つ親御さん)はオーガニックという言葉に飛びつく傾向があるようでね、「オーガニック」とか「有機」とかのラベルがあればどんなに高くても買い、そうでない商品はなんだか体に悪いみたいに眉をひそめ顔をしかめるでしょ?奥さんも身に覚えない?

そりゃもちろん天下のJASがわざわざ基準を設けてるんだからそれなりに意味はあるんだろうけど、「オーガニック」って印籠は「原料の栽培段階で農薬使ってるかどうか」って基準にはならないってことが言いたいわけ。

野菜についてのハナシになっちゃうけど、普通栽培(って言葉もおかしい)をしてる農家さんも「収穫のどれだけ前まで」って決まってたり、量自体を最低限に留めたりして残留農薬をできるだけ減らす工夫をしたりしてるのね。自作堆肥(それだって立派な有機肥料よ)を入れたりして作業が大変なのには違いがないのに、「JASが認定する」有機栽培じゃないってだけで敬遠する向きも最近多いみたいでね。
そんな世論にされられたり作っても売れなかったりするとね、どんどん農業に従事する人も減ったりして大変みたい。
そうすると農家さんの高年齢化が進んで、作業を軽くするためにますます農薬を使わないといけなくなって悪循環。
そもそも安定量を確実に収穫するために使われるのが農薬なんであってね、だからこそJASも有機農法の基準に農薬の使用を認めてるんだろうし。
農薬を使ってないことに越したことはない。けれど夏に冬の作物である大根を完全に無農薬で作るのがとんでもなく大変な事であるってことも考えないといけない、っていうね。

最近話題になってたけど、耕作面積比でいうと日本はアメリカの7〜8倍ほど農薬を使ってるっていうわけ。誰が調べたんだか知らないけど(笑)
それにしたって全作物の耕作面積と全使用量の比。
アメリカで栽培されている作物のおよそ半分がほとんど農薬を使用する必要がない小麦。それを乱暴に耕作面積比でっつってもねぇ。そういうハナシに我々消費者が踊らされちゃう。

とあるネット上の「無農薬・有機栽培」をうたう(ここまでのハナシでそのふたつを並べてるあたりが消費者を煙に巻こうとしてる気がするけど・笑)八百屋さんの歌い文句

「うちは有機JAS取得・農薬不使用・化学肥料不使用・減農薬のお野菜のみ!
基本的には農薬や化学肥料を使用していない、いわゆるオーガニック野菜のみを専門に、農家さんと直接取引して取り扱ってます。
全てのお野菜において、農薬や化学肥料の使用の有無を農家さんよりしっかり聞き取りし表記しております」

こんなこと言う仲買い業者がいるから消費者の誤解や不理解を招くし、生産者の苦労がちゃんと届かないと思うんですよ、ホントのところ。
スラッと読んじゃうとなんとなく「あ、いいかも」って思っちゃうけどよく考えると「有機JAS取得」=JASが認める農薬は使ってる、「農薬不使用」=化学肥料は使ってるかも、「化学肥料不使用」=農薬は使ってるかも、「減農薬」=農薬使ってる+化学肥料を使ってるかも、ってことでしょ?

つまりね、なんでもかんでも農薬=悪なんじゃなくてね、できるだけ使わない・できるだけ残らないように栽培するのにどれだけの労力が必要かを考えて、自分で判断するってことがね、必要じゃないかと思うわけ。
その上でその商品に付けられている値札がそれに相当するものかどうかを考えて買うべきだってことでね。
あと、その季節に育つ野菜をちゃんと知ることで健全なものを口にできる可能性が高くなるし。

だって田舎の道端で「無農薬です」って売ってる明らかに季節外れな野菜、本当に無農薬?
知り合いの信用できる人から買った、その人たちも食べている野菜の方が下手に「有機栽培」や「無農薬」ってラベルが貼ってあるのよりよっぽど安心できると思うんだけれど。
まぁ輸入作物なんかによくあるポストハーベストなんてね、明らかに口に入る時点まで残留するだろうってやりようは、もちろんホリエも避けたいところだけれど。それにしたって、ちゃんと知れば悪いものを取り込むのを最小限にできるんだし。

やっぱりちゃんと自分で知って、自分で判断して、自分で調理する、っていうのが大事よ、奥さん。
だからね、ホリエが偉そうにこんな事言ってても鵜呑みにしちゃいけないってことですよ。

by radi-spa.horie | 2016-01-31 14:16 | 食べ物&嗜好品 | Comments(2)
2015年 10月 15日

イデオロギーのハナシ

「甘いものを肴に呑んで美味いの?」

初めてホリエの呑み方を聞いた人は大体そう言う。
で、大体そう言う人は根っからの呑兵衛じゃないことが多い。
ものすごく呑むことが好きな人は「呑めれば肴はなんでも」という御仁が多くて(笑)「ああ、そういう呑み方もあるよね」と納得してくれる。
そうじゃない人はおおよそ「呑むという行為に付随する総合的な事象」全てが好きみたいだ。

ことほど左様に「呑む」という行為ひとつとっても色々だ。

トラディショナルな組み合わせを普通に楽しみたい。
そういう人をホリエは「食の右翼」と呼んでいる。「普通に飲食を楽しむ安定感を求める人々」だ。
それとは逆に、呑むこと以外にも「この組み合わせはどうなるのか」なんて考えて色々試したがるホリエのような人間がいる。もちろん「食の左翼」だ。「常に食の変革を求めてトンがったことをしたがる人々」と言える。イタリアンやフレンチに日本酒を合わせたり、和食にワインを合わせたりする絶妙な組み合わせはそういう人たちによって生まれたといって過言ではないと思う。

でも、

何でもそうであるように世の中は「左右のバランス」が重要である。
当たり前の組み合わせで安定的に飲食を楽しむ人々ばかりでは食工学とでもいうべきアーキテクチャは進歩しないし、やたらとなんでも試したがる人間ばかりでは「食の純血性」が完全に失われてしまう。
合わせるべきものに合わせるべく発達したものも、それを崩そうとすることも同等に重要なのだ。
だから政治の世界と同じように「中庸の人々」の動きが食の世界という世の中を作る。
だから今は「甘いもので呑む」という行為は中庸の人々に受け入れられておらず、世の「食の左翼」は劣勢なのだということがわかる。
まぁ、いつそんな状態が「政権交代」によってひっくり返るかわからない。そうなれば立場は逆転する。
そんな世の中になれば今「左翼」である我々は多分その先の価値観を求めて、今「右翼」の人々が固持している価値観になびくかもしれないが。

結局は「食に対してアナーキー」なだけなのかもしれない。

そんなことを考えていて最近気づいた。
こしあんの大福や麩まんじゅうを食べながら純米酒を飲んだ時の妙な酸味、あれが好きだ。
やっとわかった。
燗冷めの酒のようなアゴの奥にぐっとくるような米の酸味。
あれがわかる「左翼」の人でないと甘いもので呑む楽しさを一緒に語れない。
同じ側にいる人でもビミョーな政治信条の違いが受け入れがたい差異につながるのだ。
何をか言わんや。


"Sweet Dreams (Are Made Of This)" by Eurythmics

by radi-spa.horie | 2015-10-15 01:35 | 食べ物&嗜好品 | Comments(4)
2015年 09月 01日

篠田屋(しのだや)/京都市東山区

c0057602_170866.jpgなんだか三条大橋あたりに行くとフラフラ入っちゃう(笑)お店。
いわゆる「食堂」なんですが、ここの名物(というか「オリジナル料理」って書いてたな、確か)は半分ぐらいの客が注文するこの「皿盛(さらもり)」。

カツが乗って、カレーソースがかかってて、福神漬けまで乗ってて、どう見てもカツカレーにしか見えないんですが(笑)実はこのカレーソース、要はカレーうどんの汁。そう、出汁でカレー粉を伸ばして片栗粉でとろみをつけたものなんです。よく見ると青ネギも浮かんでるでしょ?

正直乗ってるカツもトンカツとしては若干貧弱(すんません、でもサクサクです)なもので、かかってる汁に入ってる具もそれほど潤沢ではない(すんません)んですが、このバランス感覚が素晴らしい。
訳知り顔でカツにさっとソースをかけ、汁に七味をササッとかけ、いくぶんドロっとした汁をご飯に混ぜ込んでカツと一緒に口に入れると、出汁とカツの脂と意外にシャープな辛さが渾然一体となってたまらんのです。
カレーじゃない。カレー丼でもない。なんか他のモン(笑)
このバランスが合う合わんで全く違うとは思いますが、特筆すべきは胃への負担が少ないこと。
このトシになるとそれ大事(笑)
ぜひ一度お試しを。

あ、ちなみに中華そばも美味いです。昔ながらの中華そば。ポーションが小さめなので「大」で普通よりちょっと多いぐらいです。
で、メニューにはちゃんと「カツカレー」もあります。
以前並べてふたつ食べたことがありますが、全く違うもんです(笑)
「カツカレー」って注文すると「皿盛のことですか?普通のカレールーがかかったカレーのこと??」と必ず確認されます(笑)


Shop Data:
TEL 075-752-0296
京都市東山区三条通大橋東入大橋町111
[月~金]
10:00~15:00、16:30~19:00
[日、祝]
10:30~19:00
土曜定休 駐車場なし 全面喫煙

by radi-spa.horie | 2015-09-01 17:28 | 食べ物&嗜好品 | Comments(2)
2014年 11月 22日

中国茶道

c0057602_1605099.jpgまほロバの常連さんでFB友になった高橋さんにお誘いいただいて、中国泡茶道篁峰会さん主催の中国茶の集いにお邪魔してきました。
建仁寺の大方丈内にある広間が会場。
庭の枯山水に植えられた草木も紅葉のいい時期。
c0057602_16151.jpg会場に到着すると並べられた机の真ん中にデンと置かれたお香台(?)が。
立派な造りでえらい古めかしいものの螺鈿具合が豪華で豪華で。これええなぁ、こんなん欲しいなぁ、と思ってたら後で聞くところによると文化財(笑)。もちろんちゃんとしかるべきところに届けてお使いとのこと。そら立派やわ。「欲しいなぁ」とちゃうて。
そんな会場で中国から来られた演奏者(なんか中国では人間国宝のような演奏者の先生らしい!)のお箏の音色の響く中、中国茶道のお点前開始。
始まってから気づいたんですが、いわゆる台湾なんかで盛んな「茶藝」と「中国茶道」はまったく違うもので日本の茶道に近い精神性メインのモノ。厳かな雰囲気の中、これまた中国では何人もいないという中国茶道の先生(日本の茶道や華道も習得してはるそうな)が淹れてくれはる香り高い中国茶を何服かいただきました。
なんでも飾るものがちゃんと決まっていたり(その辺も日本の茶道に近いね)、箏の演奏がありきだったりと色々ルールがあるそうでなかなかに厳格そうです。

その後、主催の日本人の先生の「茶藝」でエリザベス女王が御用達の紅茶を始め珍しいお茶や高価なお茶を何服もご相伴にあずかり大変癒されました。
それぞれのお茶にまつわる色んなお話も聞け、こう言うたらイヤらしいですが「お得」なイベントです。お誘いいただいた高橋さんに感謝。

出席者はご高齢の方が多い様子でしたが、若い人も行くべきよ、あれ。
なんでも春と秋に開催されているようなので次も予定の合う限り出席させていただきたいと思います。
c0057602_161295.jpgで、いただいたお茶のうちいたく感動した鳳凰単叢通天香の特級をついつい購入。
帰ってからも楽しませていただきました。多分いままで買った中で一番お高い中国茶(笑)
もうしばらくは楽しめそうです。

実は初めてだった昼間の建仁寺(いつも花見小路で呑んだ帰りの通り道としてしか知らなかった)、で晩秋のひと時を満喫させてもらいましたわ。

by radi-spa.horie | 2014-11-22 10:57 | 食べ物&嗜好品 | Comments(0)
2014年 08月 22日

虎ノ門アルボール

c0057602_13582450.jpg完全に身体的疲労を抱えて起きてしまって何となくの朝ご飯を食べた後、お待ちかねの虎ノ門ヒルズへ。
エントランスからほど近いいいロケーションに陣取る「虎ノ門アルボール」。
昨晩「神楽坂アルボール」で今日ここかよっていう(笑)

オーナーシェフの古田氏に迎えていただき(えらい恐縮やわぁ)席へ。
ランチメニューがパスタ数点とラザニアというバリエーションでどれもクオリティを考えるととんでもなくお値打ち。最初にオードブル代わりにサーブされるサラダがこれよ。
パスタ自体も季節を感じられるしっかりしたもの。
プラスでデザートもあり。
いや〜、丁寧で美味かった。サイコー。

え?なんで写真がサラダだけかって?
食べた過ぎて写真撮るのん忘れたんですわ。

上京した時に行きたいお店がまた増えました。
次は夜に。

by radi-spa.horie | 2014-08-22 13:48 | 食べ物&嗜好品 | Comments(0)
2014年 08月 07日

オーガニックって言葉は好きじゃない

c0057602_8135155.jpgなんかここ何年か「オーガニック」って言葉がひとり歩きしててね。
わかって使ってんの?って感じじゃないの。
口に入れるモノも含め自分のカラダに直接関係することなのに。

紐解いてみると農林水産省のガイドライン的には
「化学的に合成された肥料及び農薬を避けることを基本として、播種または植付け前2年以上(多年生作物にあっては、最初の収穫前3年前)の間、堆肥等による土づくりを行ったほ場において生産された農産物」
ってなかなか大変な基準よ。

ってまぁそんな難しい話はともかく、最近愛用してるのがそんなオーガニックコスメブランドのひとつ「MARKS & WEB」のハンドメイドボタニカルソープ。
いつも使ってるのが写真の茶色い方、「ユーカリ/茶」ってやつ。クルミの殻の成分がスクラブ剤として入ってるのでちょっと脂っぽいホリエの肌にピッタリ。若干フツーの石けんより消費が早いのが玉にきずだけれど(笑)藤井大丸さんに入ってるリアルショップでいつも買ってます。

でね、この前広島に行った時に雨宿りで駅ビルのASSEをブラブラしてたらそこにも入っててね。
見つけたのが同じハンドメイドボタニカルソープの「ミント/塩」ってやつ。
嗅いでみたらこれがなかなかクセになる感じの匂いで即買い。これで顔洗うとフワ〜っとスペアミントが立ち上って、塩の効果か洗い上がりがさっぱり。これまた脂性肌のホリエにぴったり。ヒゲや頭を剃る時にもよさそうです。なにより香りがきつくないのがいい。
ホリエのようにアタマから足の先まで同じもので洗う向きにはこういうもののバリエーションを持っているのは大事。
ただでさえ飽き性だからね。
期間限定って言ってたな。もうひとつふたつ買っとくか。

by radi-spa.horie | 2014-08-07 08:58 | 食べ物&嗜好品 | Comments(0)
2014年 06月 04日

「素」派

あまり周りに言っていないが、なんでも「そのまま」食べる傾向がある。

インスタントラーメンなんかはそのまま食べる人も多いだろうが、よくある生麺を茹でるタイプの冷し中華なんかも麺にタレをかけるだけで食べるのが実は全体の回数の半分ぐらいある。

外て食べるうどんなんかもいわゆる素うどんが無性に食べたい時がある。その場合はネギすら抜いてもらう。

チャーハンもだ。なんというか、中華のバイキングなんかであるような、タマゴとネギのみのチャーハンを作ってしまうことがある。他に入れるものがあるにも関わらずだ。

パスタなんかもアーリオオーリオにはするが、具になるものを全く入れないことが少なくない。

冷し中華にせようどんにせよチャーハンにせよパスタにせよ、それを主食に何かおかずを、という欲求は全くない。
純粋に「それ」が食べたいのだ。

by radi-spa.horie | 2014-06-04 18:19 | 食べ物&嗜好品 | Comments(0)